上長崎小学校第70回卒業証書授与式。51名が巣立つ。

    白モクレンが満開の日。140余年の歴史を重ねた上長崎小学校は、アジア太平洋戦争敗戦後の教育改革により尋常国民学校から小学校となり、第70回の卒業証書授与式を迎えた。今年の卒業生は、男子25名、女子26名でバランス良く51名。これまでの卒業生総数は13091名となった。授与式では呼名に応えて一人一人が壇上で胸を張り、将来への目標を明言する子が多かったが、両親や地域の人々へ感謝の言葉を述べる子も目立った。式辞を述べた池田敏彦校長は、卒業生の1年間の目標達成度を高く評価して賞賛し、自立、共生、創造を基礎にした教育実践の達成感に校長としても万感こもってか、しばしば絶句された。はなむけの言葉に「一燈照隅」を贈り最後の訓話とされた。卒業記念の創作壁画「機関車」は、51名が未来への希望に向かって驀進する力強い意思を表していた。第70回卒業式は素晴らしく、印象に残る良い式典であった。振りかえれば、戦前の私たち昭和10年・11年生まれが卒業した昭和23年が小学校第1回生であり、矢上村立矢上小学校の6年生2学期から初めて体験した男女共学の新鮮さが甦る。当時は、1クラス60人を超え3クラスで総勢190人余であった。授業時間中に数人が勝手に部屋を飛び出し、裏山でメジロ捕りしたり、1キロ近くも離れた「東望の浜」で「海砂採取のトロッコ」で遊んだり、元気な悪童群がいた。担任の先生から「井原君、捜してきなさい」と指示され、何処に居るのかおおよその見当をつけて、連れ帰るのが常であった。「校長室授業」もしばしば体験したが、「井原君、一緒に居なさい」と付き合わされた。学級づくりの一環で取り組んだクラス全員参加の「手作り文化祭」が盛り上り、卒業前には模範クラスに成った。「一燈照隅」は、時の「野口知守校長」が、我々第1回卒業生に送られたはなむけの言葉でもあった。式典の後、校長室から呼び出しを受けた。「井原君。よく頑張ってクラスをまとめてくれた。素晴らしい6年3組であった。御苦労でした。一燈照隅に似て、「一隅を輝らす」との言葉もある。何処にいても其処で輝く人に成りなさい。卒業おめでとう」と労いの言葉を頂いて、どっと涙があふれた。70年前を鮮明に想起した。(矢上小学校第1回卒業生・井原東洋一) 


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