第25回・金比羅公園ハタ揚げまつり。

    第25回「金比羅公園ハタ揚げまつり」が16日(日)午前11時半から開催された。9日(日)に予定されていたが、雨のため1週間延期された。運良く上天気に恵まれたものの、今年も例年と同様に、ハタ揚げに必須な「風」が少なく、ハタ合戦は盛り上がりに欠けたが、常勝中の西山2丁目本田さんが、今年も優勝を手にした。顧みれば25年前、当時西山1丁目自治会長に就任されたばかりの「田浦 稔さん・現顧問」から「金比羅さんのハタ揚げば復活したかバッテン、知恵ば貸して貰えんでしょうか」と相談を受け、戦時中から凡そ50年間も途絶えていた名物の「金比羅ハタ揚げ」復活に取り組んだ。先ずは、組織づくりに始まった。西山1丁目~4丁目、上西山上の切、上西山下の切、下西山、立山1丁目~5丁目の全12自治会長が西山1丁目公民館に集まり、協議が始まった。直ちに衆議一決。西山1丁目田浦、上西山上ノ切山口、下の切田中、下西山近藤、西山4丁目浦川、立山1丁目村上、立山2丁目中村の各会長が、常任世話役となり、浦川敏会長、田中数夫、村上久子両副会長、田浦稔事務局長が決まった。私(市議・参与)が規約(案)づくり。市役所(公園緑地課許可)。消防署(防災・救急対策)。九電(送電線接近危険予防)。シンボルマーク作り。マスコミ広報。などを担当し、旗揚げ広場の伐採整備。協賛団体依頼。小川ハタ店協力依頼。募金活動。看板設置計画。などを手分けして精力的に活動し、4月の金比羅神社の例大祭に華を添える「金比羅公園ハタ揚げまつり」の実行に漕ぎ着けた。企画から凡そ半年、苦労を重ねた成果は、ハタ揚げ広場を埋めた凡そ500人の参加者を得て吹き飛んだ。その時の記録集は、今にバイブル的価値を発揮して活用されている。四半世紀すぎた今日、初代会長として活躍された浦川 敏様はじめ村上久子2代目会長も亡くなり、3代目田浦 稔会長も現役引退。第4代目松下 隆氏の時代に代わり、時の移ろいを感じさせられた。(金比羅公園ハタ揚げ振興会参与・井原 東洋一) 


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中